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2018/10/18

ジャパン・フェスティバル・ベルリン2019の場所確保は成功

ジャパン・フェスティバル・ベルリンの場所取りに成功しました。主催者による募集は、2018が終わった直後の2月にはもう始まっていて、現地の常連団体やアーティストなどはほとんど固定的に確保しているようです。

日本から出向くこちらは、国内の絶不況を押して出て行くので、ボリュームが決まる秋までエントリーが延びるのが常で、結局8月にはテーブルが全てふさがっていました。空き待ちにもつれた大きい出遅れでした。

海外は普通に経済成長し、日本だけが長期デフレ不況の特殊事情なのだから、日本の気分で海外と関係してもうまくいかないと改めて感じます。緊縮財政なる人災で、日本の美術活動全般が萎縮していることを計算に入れる必要もあり。

ところで、美術品は汎用性とは最も遠い特別な商品だから、人との出会いに左右されます。同じ作品がある回はさっぱりで、別の回には楽々売れるなど、機会のばらつきが実際に生じます。景気だけが要因ではなくて。これはアート・マネージメントでも大事なイロハです。

一回試した展示だけでは、成果の結論はごく限られるでしょう。売れなかったからすぐに作風転向するとか、去就を悩むなど極端な反応は禁物です。日本だけの特殊条件は、日本にいるとまず気づかないものだから。

そもそも現地市民は現代アート展覧会と聞いて、わけがわからないと警戒したり、不本意に足を運ぶ「がまん大会」とは思っていません。変なものを作る者は頭がおかしいとも思わない。こうした内外差も大きいのです。日本で好評の作品が現地で好評かも、疑ってかかる必要があります。
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2018/10/16

ドイツの絵はがきの色が美しいという深刻な内外差

消費税を上げる政策で、日本はまた景気が落ちます。上昇は唯一、導入時の1989年でした。3パーセントと引き換え、従来の物品税を廃止したからです。当時3200円の音楽CDは、物品税280円が消え消費税88円が生じ、再販価格が192円下がり3008円になりました。それからCDは爆売れ。

この時の物品税廃止で、ビデオデッキやカメラや高級レンズや三脚や、5ナンバー4ドアの軽乗用車(非商用車)がやはり大売れしました。しかしよりにもよってバブル崩壊後の1997年に5パーセントへ引き上げて、翌1998年には全国各地のCD店と書店が次々とつぶれました。消費の冷え込み。

本とCDの不振をネットに責任転嫁するのは、時系列を無視した虚偽です。国民皆消費削減による日本全国シャッター通りと同じ現象で、本とCDだけでなく駅前通りのブティックや楽器店も次々つぶれました。ネット接続する家庭がまだ珍しい頃に、本とCDの店は倒産しまくったのです。

その後、世界最大手の通販書店A社が日本で伸びたのは、外資系なので本社が日本になく、法人税を払わずに済んだからでした。日本の浮き沈みは、ネットより税制に左右されています。

2014年の消費税8パー上げで、何がつぶれたか。日本の印刷通販店で、絵はがきの種類が激減しました。生活必需品ではない物品は、生活苦が素直に反映されます。行きつけの東京店もアート仕様の選択肢を廃止して、くすんだ色の商用DM中心に転向していました。

新作の絵はがき100枚がドイツから出品者に届き、とてもきれいだとの声がありました。ドイツは絵はがきやカード類が各印刷所に豊富にそろい、日本の美術館の商品よりも、同じオフセット量産でも格段に美しく鮮やかです。プリント料金は実質日本の3分の1。こういう内外差もあります。
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2018/10/09

日本の借金は1000京円を目指すべきというおもしろ経済論

この26年の日本は経済政策を間違い、国力が低下しました。近隣国との摩擦が激化するなど国威の衰退も目立ちます。最近ニューヨークタイムズが、その失敗をまた指摘しました。その失政の根が何かはネットにも書かれ始め、日本の借金700兆円というデマでした。

今も国民の大半が胸に刻んだ700兆円、800兆円、900兆円、1000兆円、1100兆円という数字。赤ちゃんも含め、国民一人当たり800万円以上の重い借金。日本の未来を真っ暗に変えた子孫の絶望的な負債は、実は国民の学力を低く見切った巧妙なウソでした。

日本の未来を論じる議員や評論家、会社員や主婦たちの勘違いが強固で、国ぐるみ妄想から戻れない状態です。勘違い同士が長い議論の末に、暗い未来を再確認し合う繰り返しが平成時代でした。

その勘違いとは何か。1000兆円を返す前提です。返済。国の破綻を嘆く悲観者も、破綻は起きないとなだめる楽観者も、ともに借金を返す前提で話をします。返済してがんばって零円に戻し、いつかは黒字に持って行くつもり。そんな奇行を考える国は地球上にないのに。しかも奇行と気づかない状態。

「日本の海外借金」はウソで、「政府の国内借入」です。政府プライマリーバランス(基礎的財政収支)で、日銀と他金融が出資した国債で生じる貸方円建て残高であり、日本政府が日本国民に借金している額です。赤ちゃん以上が政府に800万円以上貸しています。国にではなく政府に。しかも国民は貸した側。国民の借金ではなく貸金。

政府借入金は明治時代から何万倍にも増え、やがて一京円、いずれ百垓円(今の千万倍)になっても正常です。経済学者たちは財政立て直し急務は虚構と知る上で、「日本は借金で破綻するから節約しろ」のポジショントーク中。識者が自己実現のために国民をあざむくのは、芸術分野より経済分野がひどい。
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2018/10/06

2020東京オリンピックのボランティア参加とドイツ

22カ月後に迫った2020東京オリンピックは、運営スタッフをボランティアで募っています。無料奉仕の予定が日給千円に変わり、しかしこの安さはタダ働き批判をかわすアリバイ同然で、限りなく値切りたい主催側の意向と受け取られています。関係者が利益拡大するため。

このボランティアの誘い文句で多いのは、「世界の人とつながる」「生涯の記念になる」「運営に関わった誇り」「外国語の訓練になる」「後の就職面接で有利になる」「有名選手の演技を無料で見られる」などなど。

「そんなに遊んでいられる仕事なの?」という疑問はさておき、ボランティアでなくアルバイトにすべきとの意見も多いようです。オリンピックは国民体育大会と異なり、民間のショービジネス興行としてフェアと呼ぶべき商活動だから。

民営路線を強めたのは、1984ロサンゼルス五輪でした。アマチュア大会を改めプロスポーツを集めるイベントに転向し、サーカス団に似た興行です。2020東京五輪はスポーツの秋を避け、セミが鳴く真夏に行う予定で、アメリカのプロスポーツの夏休み期間にはめ込む取り引きです。

1964東京五輪のスタジアムを最近急いで取り壊したのは、建設会社との取り引きになっていて、景気刺激策の利点もあるのですが、財政出動すべき場面でスタッフの安報酬で緊縮財政に戻るのは不合理だという、経済面と倫理面の疑問もあります。今のブラック日本国に似合いすぎる問題です。

我々はドイツのジャパン・フェスティバルで、バイトに日給千円でなく時給約千三百円払います。日給は東京五輪の十五倍。珍しい体験を報酬を低く下げる理由とする「やりがい搾取」は日本に非常に多く、人権感覚も違うのかも知れません。
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2018/09/29

熊本のゆるキャラ米は国際市場へ打って出るのか

数年前にスーパーで米を買った時、一番変なのを選ぼうと思いつき、黒いクマが大きく描かれた袋のを買いました。熊本県のゆるキャラ「くまモン」という、お笑い系の商品デザインです。それを炊いてみると。

うまい。うますぎ。表面にツヤがあり粒が立ち、ややモチ米ふうで味も濃いという。驚きです。その後ニュースがあり、全国的に米の味が5年ほどで目立って向上し、超Aランクも入れ替わったという。それまで最高だったコシヒカリが、序列トップから陥落した報道です。

それを確かめようと毎回異なるものを買うと、なるほど全般に味がよいのです。何年か前とかなり違い、ニュースのとおりでした。ただ、「くまモン米」に及ぶものはなく、くらべるとどれもあと一歩。

それで最近、熊本産の別の米を買いました。品種も異なります。すると、やや「くまモン米」に似ているのです。何が起きているのかネットで調べると、何と「くまモン米」は6年も前に日本一の味に選定されていました。

米の味はどれも似たもので、水の量、ひたす時間、むらす時間で大違いの不安定さですが、日本人ならやはりわかるようです。美術がわからないという人も、見る回数が増えれば解消するのかも知れません。

政府がTPPを検討していた頃は、グローバル製品の輸出黒字と引き換える犠牲として、日本の米文化ももうおしまいと言われました。が、高品質化して付加価値をつける戦略を進めていたのかも。農家がひそかに世界も意識していると感じます。
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2018/09/23

君には絵の才能がないと他人から言われた悩み

昔、雑誌だったかの悩み相談コーナーに、好きで絵をかいている素人からの質問が出ていました。美術をある程度心得た知人に自信作を見せると、「絵の才能がないから向いていない」と言われて。それ以来は落ち込んでいるという相談でした。

ネット時代にも同種の相談が見られます。対するアドバイスは、「絵は才能ではない」「努力すればうまくなるし」「いや天才は常人の手が届くものではないし」など、ありがちな定型回答が集まります。

実は質問者も回答者も、大きい間違いをやっています。時代の違いも国の違いも、条件から抜けているのです。ここの活動でも、ドイツで売れて躍進しているタイプは、日本に戻ると意外に散々だったりします。国内では閉め出されたも同然で、海外でのみ活躍できる亡命状態が時々みられます。

日本で日本人に絵を見せたとして、独創性と毒性があるほど「わからん」「才能ゼロ」「対価に見合わず」の反応が返り、実際に売れないわけです。そんな絵はドイツなら完売するし、だから市場もはるかに大きい。相談者も回答者も、国内の常識感覚で芸術の真実を追究するのは無理な話です。

こちらに届いた作品は、「ここがこうならベター」「こうすれば浸透力が違う」と瞬時に判断されます。その視点は国際市場向けであり、芸術性を高めると買い手が現れやすい前提です。この真っ直ぐさを求めて、日本から海外へ出て行く美術家が多いのです。国内に見切りをつけて。

質問も回答も、絵のうまいへたをデッサン技術で語る点が18世紀的です。その常識をカメラが崩したのが19世紀でした。悩みのネット議論には新興絵画への苦手感がただよい、現代アートを遠い机上で語る感じ。要は、絵の才能は20世紀に大変化したのに、国内の議論は18世紀の感覚のまま。
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2018/09/16

ドイツのおんぼろ展示場は美術が一般化している証し

ドイツの美術展は、会場がオンボロでも成り立ちます。作品の周囲が乱れてごちゃごちゃしていても平気。場所の体裁が悪くても展覧会場に即仕立ててしまい、皆も慣れていて違和感がありません。美術が一般化している前提があるから、どこでも展覧会場にできる手っ取り早さがあります。

対して日本で美術展を開く場所は、きちんと整っている上で清潔感や格調も期待され、クリーンで透明な場所を用意しなければならないという、手っ取り遅さがついて回ります。だから会場の美化にコストもかかります。

この差の理由として、日本では美術作品のどこに注目すべきかが、個人の中に備わっていない前提が考えられます。見る目が作品に集中できない不慣れへの対処で、白い背景が必要であろうと推論できます。冠婚葬祭のような、雑念を排したおごそかな静かな場所を求める心理。

言い換えれば、作品を置く環境しだいで鑑賞があまりに影響され、曲げられ妨害されやすい実態があります。雰囲気しだいで作品の味が大きく変わるなど、頼りない鑑賞が常態化している疑いです。自分の好きなように見るには遠いという、ひとつの証明でしょう。

ドイツによく見る貸し展示イベント会場は、廃屋のリユースです。リフォームではなく、リユース。壁を塗り直さずボロボロのまま。中古車にたとえれば、外観がかなり凹んだまま板金塗装をやり直さず、赤く錆びた状態のような展示会場です。そこを背景に絵や彫刻を置きます。

ボロボロの壁の絵にはアーティスティックな趣が出て、何だかかっこいい。日本でも1980年代前半、ウオーターフロント再開発のフィッシャーマンズ・ワーフのブームで、古倉庫やロフトの美術展が話題になりました。レンガ壁やアールデコ調が日本にもあった。でも美術が一般化していないから、主役の絵を楽しむ気分は安定せず全滅したようです。
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2018/09/08

日本で美術作品が売れない原因の分析は間違っている

美術大国のアメリカや中国よりも、日本での美術の市場規模は小さく、100分の1のオーダーだと言われます。以下のイギリス、フランス、ドイツよりもずっと小さい取り引き金額です。古美術を別にした現代美術で差が目立ちます。

日本で絵や彫刻があまり売れず、美術市場が小さい理由は、前からネット掲示板などにありました。「美術界は国民に美術の資産価値を伝えていない」「だから国民は美術を買う意義を見出せない」「価値がわからないから信用できず買わない」という分析です。

この分析の何が間違いかは、日本人には難しい話です。なぜなら日本では、美術の価値は上から下へ教え込む慣習だからです。この慣習が売れない原因だと、国民が気づくのは困難です。

ドイツの市民は作品個々の資産価値を知った上で、資金運用しようと絵や彫刻を買うのではありません。彼ら彼女らは作品を見て楽しみ、時に驚き、知人と話題にして、いやされたり奮起するなど、自分の変化が目的です。「価値は僕が見て決めるだけさ」が集まって、大きい市場ができています。

日本で美術が売れないのは、価値を自分で決める人が少ないからです。苦手だから教えてくれる者を待つわけで。それに美術界が応じる間は、永久的に国民が自分の目を持てない。作品を見て楽しみ、時に驚き、知人と話題にできる日が、日本には来ない道理になっています。

上が下に伝える値打ち情報で市場を回す日本方式だと、新人の新作を買う空気はなくなる理屈です。他国では思想を込めたエンタメで美術を考えているのに、日本では値上がり益が最大関心事です。東証一部上場の株式みたいに、美術を蓄財や投機商材とみる通念が、偉い人たちにも広がっている事情があります。
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2018/09/03

ニッポン体操競技選手の引き抜き騒動と画廊

大相撲あたりから始まって、レスリング、アメフト、ボクシング、居合道など、競技団体の協会や連盟などで、組織上層部の事件がニュース続きです。また出た、次はこれ次はこれと、目新しい感じで走馬燈のように。次は体操競技だという。

体操での話題のキーは、選手の引き抜きです。選手がどこでトレーニングするか、所属する団体などを移る時に出てくる権力行使です。これが体操競技で問題になり、すでにメダルをとって引退している選手が何人か、引き抜き批判を述べています。工作意見が出てきて裏が発覚しました。

体操で問題にされるのは、よその監督やコーチが苦心して有力に育てた選手を、オリンピックでメダルをとれそうになるとヘッドハントでさらう、その行為への批判です。選手が強く立派になったのを見計らって巻き上げる、いかにも不道徳な立ち回りを、先輩メダリストたちも批判しています。

野球やサッカーには、金銭トレードや移籍金があり、選手の実力に合わせて価格をはじき出して、得する側が払います。移籍金は選手の報酬額ではなく、チームからチームへ払う調整金です。

「引き抜きは自由だ」「抜かれた側が無能だ」と関係者はネット投稿していますが、野球やサッカーでは自由でなく、公正な取り引きがあります。だからパ・リーグ投手を巨人軍が次々巻き上げた頃は、パ・リーグは活動資金を得る恩恵を受け、選手を育成しても無駄にならなかった。

芽から育てる苦労は他人にやらせ、開花前に奪い去る問題は、芸能界にもありました。たとえば、売れ出したタレントがプロダクションを捨てて家内運営を始めると、不義と恩知らずを理由に業界追放する慣例があります。画廊の取り扱い画家も、昔はこの問題がありました。
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2018/08/28

日本のアートフェアは欧米のアートフェアとかなり違う?

かつて著書でアートフェアを説明した時、日本のアートフェアも一応チェックしました。あれから時間がたったので、最近の様子も調べました。参加した人のブログの中には、「日本版アートフェアはもう全然だめ」「やめちまえ」の声がいくつもあります。むろん、やめずに改良を続けるべきでしょう。

ドイツでは全品が現代アートなのに対して、日本では古美術商や骨董市が加わります。日本国民が新美術への関心が低いから、古美術で補う必要があるという隠せない事情が、いきなり雰囲気をレトロにしています。音楽祭でいえば、常に昭和歌謡の支えを頼る感じか。

しかも公募コンテスト感覚までついて回ります。そのひとつが、目玉の有名アーティストに関心が集中する現象です。有名どころが来場するから見たい、大物に触れて感動したい、感動の輪を広げてきずなをつくり、みんなとつながりたい・・・

若い画家や彫刻家や造形作家に対しては「無名はみんなゴミだろ」の声が集まったりして。日本の現代アートが、人々の目にどう映っているかの象徴といえそうな。そもそも有名人が出品しない理由は、買う空気が乏しい懸念と、若い無名と並べば内容負けする懸念なのです。

日本の美術は特殊化しており、「現代アートは嫌いだけど、たまに見るのもよいから見学します」と、鼻をつまんで食べる感じ。そんな日本に対し、ドイツ国内のアートフェアは美術の一般化が下地であり、市民が楽しみ期待しているのです。この起点の差は果てしなく大きい。

ドイツ市民は買い物目的で来て、自分にとっての傑作を探します。美術界の評価を頼らず、片隅の埋もれた絵も掘り出して見ていく。だから出品者も内容づくりに力を入れます。彫刻に火をつけて話題をさらうなど、出し抜こうと焦る必要もないのがドイツ。
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2018/08/25

サマータイム制に隠れた人間の優劣評価?

ロシアはサマータイムを2011年に廃止しましたが、EU国は今も続けています。サマータイムがなぜヨーロッパに多いかは緯度が高いからで、高緯度ほど夏の昼間が長いから、早朝から夜暗くなるまで働けば、労働時間がうまく収まるという農業国の知恵でした。

ドイツの首都ベルリン市も、日本の北海道の札幌市よりもっと北の稚内市より、さらに高緯度です。だから家庭にクーラーがいらず。自国ではあまり使わないドイツ車のクーラーは、オール日本製だったりしました。

イギリスも日本の真横あたりにあると思えて、ずいぶん北寄りです。日本の東北や北海道は南欧のスペインの緯度にあり、東京はヨーロッパではなくアフリカ大陸と重なります。低緯度の日本にサマータイムのメリットは原理上なく、せいぜい欧米並みを目指すあこがれ程度か。

近年の欧米では、夏時間は人体に有害で事故やショック死が増えると医者が指摘しています。特に夜型人間にダメージがあると推測できます。そういえば最近の研究では、人の体質は朝型と夜型に生まれつき分かれているそうです。

しかし体質への配慮は日本になく、朝が弱い夜型人間は非難されました。朝起きられないのはだらしがなくて勤勉でないとか、夜ふかしは深夜番組やゲーム依存症だとか、悪い評価がついたものです。ぐうたらをバンカラにみせにくい女児には、しんどい時代が長かったかも。

サマータイム導入の電子システム変更で収益悪化するから、財界は抵抗しています。しかし実質賃金が下がるので、少し前は賛成でした。今も望んでいるのは一人の元議員のみで、周囲はその恩に忖度しつつも本気では検討せず、時間切れでポシャらせる芝居にみえます。
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2018/08/20

迷惑メール対策が災いして大事な連絡が永久に届かない?

大事な受信メールがスパムメールや迷惑メールのボックスに隔離されていて、存在にも気づかなかった体験は誰でもあるでしょう。そのメール設定はすぐに見直した方がよいでしょう。

まず迷惑メールかどうかは、自動判別での的中は不可能です。スパム側に対抗して強化すると、誤認逮捕や冤罪が増える理屈です。ある単語が含まれたりマークが並ぶと迷惑認定するなど、メールソフトのプログラム設計にすぐに限界が来ます。当たり外れの確率が存在します。

だから逆に、スパム内容なのに安全メールボックスに届いている体験もよくあります。迷惑メールの自動判別はあくまでもビギナー向けで、ベテランは瞬時に目視判別できてしまうから、自動を普通は切ります。

また自動判別をオンにする時も、別フォルダーに隔離しないのがコツです。危険物はマーキングすれば十分で、見る前に排除して見えなくするのは、ビジネスユースでは取り返しがつかず忌避されるもの。

最近出回る迷惑メールは有名企業のなりすましが多く、リンクか添付に仕掛けがあります。一方、表示しただけでマルウェアに感染するHTMLメールなどは、メールサーバー側で事前除去していることも多いのです。スパムメールは、かつてほど大量には来なくなっています。

迷惑メール判別機能は一種の人工知能ですが、百発百中で当たるように作れそうな気はしても完成は遠いようです。初心者が目で見分けるよりも、外れの多い判別能力にとどまっています。 メールとPCのトラブル解決
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2018/08/17

リーディング・ミュージアム構想の対案の試案

日本のアーティストが海外で活躍している話題は、わかりやすい国力指標です。ただ、海外で伸びている美術家も、日本の市場に戻るとそう多くは売れません。美術に、ホームの洗礼があります。アウェーの洗礼ではなくて。

5月に政府が提案した『先進美術館(リーディング・ミュージアム)構想』が、タイムリーな話題になりました。小さすぎる日本の美術市場を問題視して、マーケット拡大のために美術館を大きく変える計画案でした。

その構想に大反対したのは美術館側です。が、美術館に国民が味方するかは不確定です。前年に「文化学芸員を一掃すべき」という発言が、地方創生担当大臣からありました。観光マインドの語はあったものの、学芸員の何が悪いかは勘違いだったような。

特に公立美術館には文化遺物を保全する大役があり、前線で美術市場をリードする役目ではないでしょう。ならば市場拡大は誰がやるかの問題です。ここでは美術館の出番も用意し、政府と違う別案を考えました。

この件はクラウド・ファンディングで触れたように、若い美術家が欧米へ移り住まずに日本にいるなら、常につきまとうホーム問題です。

ドイツ展示企画の陰に常にあった課題は、日本国内市場の相変わらずの狭さです。国内に買い気がない。日本に経済基盤を置けないアーティスト全般の深刻さが、作品を売る場がある欧米とは対照的なのです。
→ アートの本格解説4(スマホ版)
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2018/08/13

パソコンのメモリーが壊れることはあるのかという記憶

数カ月前に組み直した新PCが、突然起動しなくなりました。マザーボードに通電しながらBIOSは起動しないから、電源ユニットは原因から外れ、BIOS不良かメモリー不良に決まります。CPU不良は考える必要がなく。

そこで2枚のメモリーを外し、エチルアルコールで金メッキを清掃しました。しかし起動せず。次に、マザーボードのピンを差し替えてCMOSクリアすると、正常起動しました。しかし翌日まただめ。そこでメモリーを1個外すと、正常起動しました。ほらまたねという感じ。メモリーが犯人です。

ここからがおもしろいのです。メモリーソケットは1~4まであります。メモリーが1枚ならソケット1か2に差し、2枚なら1と2ともに差し、4枚なら4ソケットに差すタイプのマザーボードです。そしてメモリーは2枚持っていて、1枚だけを使う差し方は4通りあります。

4通りとも試した結果、メモリーAはソケット1と2のどちらに差しても起動し、メモリーBはソケット1と2のどちらでも起動しません。つまり登場する6部品のうち、メモリーBが故障していると特定できました。

しかし大手BTOノートパソコンでの経験則では、あり得ない登用にも可能性はあるのです。そこで、メモリーAをソケット1に、メモリーBをソケット2に差しました。これは単に、二日前に起動しなくなった配置に戻しただけ。

結果は正常起動しました。ほらまたねという感じ。論理も何もなく理屈で解決せず。何か人材登用のヒントになりそうな不合理のおもしろさで、道徳の教材にありそうな。なぜこうなるかは、高周波のノコギリ波形がアバウトに崩れた程度がマージンを越える偶発現象です。デジタルなのにアナログ的な随時不調が起きます。
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2018/08/06

東京医科大学の受験点数操作のイカサマに隠れた深刻な性差

私立東京医科大の受験で、女子と男子浪人の試験点数を減らして不合格にしていたニュースが、世界に発信されました。当初は女性差別だとして、マスコミでも騒ぎになりました。差別に抗議するデモも起きて。

大学病院と系列大手医院で、女性医師だと当直に穴があきやすい問題が指摘されました。だから男子学生を増やしたという。これは弁解のやり損ねで、当直のローテーションを工夫せよとか、長時間労働をなくせ、育児負担を女性に押しつけるなと、受けのよい批判へ世論が向かいました。

問題は科目です。女子の合格が増えすぎると、切断した腕をつないだり、心臓の穴をふさいだり、肺や頭部を切開する外科医が減りすぎるのです。代わりに皮膚科、眼科、麻酔科、産科、小児科が増える現実があるという。ローテーションや育児休暇どころでない、人命救出の悩みでした。

だから、男女の定員枠を決める手が正解でした。すると女子は競争倍率が上がり、最低偏差値が上がり、受験生は減ります。女子からの受験料収入は落ちる。そこをイカサマして、受験料を奪う詐欺事件だったのです。

ただし金欲しさにみえても、差別議論の回避で始めたイカサマだったのかも知れません。たとえばビルの便所掃除は、女子便所もあるから女性しか採りません。異性のトイレへ入るのは、女性のみ許される。しかし男女差別する管理会社にみられたくないから、男性も応募させて奇問試験や面接で落とす策略がありました。これの大学版かも。

患者をメスやノコギリで切り込む難しい手術は、女子医学生の進路希望が少ない。この性差を、医学部が国民に打ち明けられない理由が焦点です。国民は医学部に対し、「どうか定員枠を設けてください」と命ごいする必要があります。その陳情場面なら、生々しいルネッサンス絵画にありそうだと想像してしまいました。
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2018/08/01

写真のハイキーとローキーの意味が平凡化している

アート・マネージメント・システムの中で、写真のハイキーとローキーの話題がまた出たので、ネットの説明を紹介しようと探して驚きました。かつてのプロ写真家たちが行った説明とは、全く違うネット説明だらけです。

かつてのハイキー写真の定義はこう。「階調の明暗がそろった上で、明色が主体の写真」。ローキーは、「階調の明暗がそろった上で、暗色が主体の写真」。ハイキーは明るい写真に、ローキーは暗い写真に見えます。

重要なのは、ハイキーもローキーも明色から暗色まであること。前者の例は「白いカーテンの前で黒いバッグを持つ人」です。後者は「夕暮れの空を切り裂く雷の閃光」。それぞれ写真が浮かびますが、明るいハイキーには暗いシャドーがあり、暗いローキーには明るいハイライトがあるのがミソ。

ところがネット説明はほぼ全てが、ハイキーとは露出オーバーで、ローキーとは露出アンダーです。カメラ設定やソフト調整で、明るく飛ばしぎみにいじればハイキー、暗くいじればローキーだとの説明に今はなっています。絞りをあけたり、シャッター速度を遅くして、適正露出から外れたまぶしい感じに写せば、それがハイキーなのだと。

これはかつて、間違いやすい典型と警告された解釈そのものです。往年の誤解が今は大手をふるってびっくり。そもそも露光量の加減なら、「明るい」「暗い」や、「露出オーバーぎみ」「アンダーぎみ」の言葉があります。その話とは違う別の作画技法を説明するために、「ハイキー」なる別語をあえて用意していたわけです。

この解釈違いは、一人がネットに「あの芸人は殺人者」と書くと、何万人が引用して広がり続ける現象かも知れません。そして、かつてのハイキーに相当する語が今はないからボキャ貧が生じ、話が単純化されて大ざっぱ。写真芸術を語るプロも、不況で絶滅したせいかと思えてきました。
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2018/07/30

犯行の動機と制作の動機は真相が闇の中

世界最悪のテロは、1995年の日本で起きた地下鉄サリン事件とされます。カルト宗教が化学兵器を使い、不特定多数の殺りくを成しとげた唯一の例だから世界一。政情不安な国でも、ここまでの惨事はないらしく。

日本国民に最悪の感覚が薄いのは、当時のカルト団に賛意が集まった点もひとつ。今も犯人側に同調する識者は多く、外部応援団がいた当時のままかと錯覚するほど。日本を変えたい潜在願望の層の厚さなのか。

目立つ同調はテロ実行犯は良い人だというもので、これはマインドコントロールが広範に及んだ当時を知らないと理解が困難でしょう。警察官や自衛官など公務員も入信し、事件阻止と捜査に逆風が吹きました。団体と報道関連の縁故も複雑にからんだ難事件でした。

今も聞く意見に、「事件の動機が明らかになっていない」があります。この動機解明願望の例として、ジョン・レノン殺害事件を思い出します。延々と続く「動機は何だ?」の問いに、動機の解明とは何だ?を思うのです。

動機は犯人が語っています。なのに未解明との声があるのは、解明内容が気に食わないからか。自分なら殺意なんか抱かないから、告白内容は虚偽なのであり、代わりにアメリカの闇を早く白状しろという思いのファン。望む解明内容を延々と待ちわびることになるという。

動機の闇といえば、絵画制作の動機が記憶にない現象もあります。画家なら知ることで、制作には自発と偶発が混じり、作品はただ残るだけ。ピカソ『ゲルニカ』がモノクロ画調である動機は、戦争表現の意図よりも、大画面に塗る絵具の混色がめんどうだったのかも。動機なんてこんなもん。
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2018/07/21

2018年日本の夏はなぜ気温が高すぎるのか

前年の天気予報サイトにはなかった「厳重警戒」マークが、この夏はよく出ます。さらに上の「危険」マークも出て、熱中症の死亡ニュースも続く毎日。7月8日が最後の雨で、この先も晴れマーク予報が並んで、しかも盆地以外は夕立ちもなく。

記録的な高温を地球温暖化ガスで説明する報道は、さすがに減りました。二酸化炭素を減らした結果の気温上昇だし、涼しい夏だった昨年との違いも説明できないし。直前の冬が並はずれて寒波続きだった記憶もあろうし、陽光と宇宙線のはたらきの知識や、ヒートアイランド現象の知識も、報道局に広まったことも大きいでしょう。

グーグルマップで過去を知る地を確かめると、前はあった林も池も山も消えて、宅地になっています。当時の日本は人口増で、土と水と緑をコンクリートや瓦など石質に替えると、年々暑くなる理屈で、これがヒートアイランド現象。むろん気象変動の最大の要因は、太陽活動の変動ですが。

しかも裏話もあるようで。日本の最高気温は長年、山形県の40.8度だったそう。原因は盆地のフェーン現象。が、別の地でついに新記録が出ました。しばらくしてトリックが指摘され、現代の百葉箱たるアメダスの敷地を、アスファルト舗装で囲むようにして生じた高温でした。

なぜそんな場所に変えたかは、気温の記録を上げるためだそうで。地表を覆う材質によって日光の反射率と保持率が変わり、気温が大きく上下する土木技術を利用して、「日本一暑い町」の称号をゲットする町おこしが目的だったらしく。各地が日本一の座を狙って競争していたそうで。

近年意外なのは、国民が緑化を求めない点です。植樹で街を涼しくする話が出ないのは、新築マンション全室にエアコンがあるからか。激しい気候が景気につながる期待など、熱波願望もあります。安価な対策は、一日に飲む水の量を倍に増やせば死なないあたりでしょう。
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2018/07/18

不景気な気を打開するアートを探す

日本は好景気だとの声は意図的なデマで、不景気の最中です。その証拠は、残業代カットが国会のせめぎ合いだから。実際が好景気なら、残業代を上げる案のラッシュです。もうひとつ、仮に好景気なら増税ではなく増収が耳タコなはず。現実は逆で、GDP拡大で増収した歓喜を聞かない。

たとえばこういう違いがあります。好景気なら人々が「お金を残したら負け」と本気で感じて、使うのにやっき。今は「お金を使ったら負け」と本気で感じて、節約にやっき。土用のウナギも食べずに。この冷えた心を、日本語で不景気と呼びます。景気は心理だから。

大正昭和のことわざ「景気は気のもの」はその意味です。サイフのひもがゆるい時が好景気、固い時が不景気。好景気デマを流す目的は、持ち株会社や資産運用企業など資本主義の上層への中央からの忖度です。貧困時代と呼ばずに、宴会離れやゴルフ離れや旅行離れと呼び変え、思想変化で説明するのが忖度のわかりやすい例か。

人は景気が良いとポジティブ思考、景気が悪いとネガティブ思考になります。貧すれば鈍する。後者の典型が日本は終わった説。しかして美術のように率直表現する分野は、ネガティブ思考にこそ基盤があります。楽天的なアートは、緊張が切れて見ごたえがないから。

ドイツで求められるアート表現の内容面で、社会性や社会問題の語が出てきます。写真分野でよく聞いたのですが、この概念は日本人は苦手です。なぜなら日本美術の基盤は花鳥風月で、作品に社会性を込める感覚から遠いから。ソーシャルをどう料理すべきかわからない。

日本は1995年あたりから格差社会の乱世へ踏み出し、国際発言力も低下して、花鳥風月で楽しくやる空気は落ちています。三番ではだめで二番に上がりたい、その気概を美術に込めたいと思い、そういう目で国内作品を見たりもします。
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2018/07/14

コンクリートから人へと土建行政を改めた新日本の悲劇

先日の台風に続いた梅雨末期の豪雨で、瀬戸内海の北に面した県で想像しがたい水害が起きました。岡山、広島、山口など。過去の東南アジア国を連想させる水びたしとなり、日本は大丈夫かと感じた国民も多そうで。

実家をやられた芸能タレントが言うには、住宅の床上浸水どころか床下でも、後で住めないほどだそうで。清水でなく泥水は当然として、トイレの下水も容赦なく混じるから。下水を閉じ込めるインフラも検討すべきと、今回ささやかれたほどです。

土砂崩れは、山沿いの宅地開発と関係します。かつてテレビで公開された「水害の履歴を地名につけた」昔の知恵を、「平成の市町村合併」で自由に地名変更して消し去る流行が、前から危険視されたものでした。

一方の河川の氾濫は、平成大不況が関係します。直前のバブル時代には全国各地で河川の大工事ブームがあり、完成後は異様に高いコンクリート護岸の底に水がちょろちょろ。数十年に一度の豪雨を計算に入れたスペックでした。バブルで大金投じたそれら改良河川は、今回は氾濫せず。

ところが平成大不況の事業仕分けで経費削減ブームに転じ、残りの工事は中止されました。東日本大震災でも言われた話。コンクリートから人へと転換し、災害に弱い途上国状態で時間が止まったかたちです。土建立国と言われるうちが華だった、日本のローカル事情です。

五月に、リーディング・ミュージアム(先進美術館)なる政府案が出ました。各美術館の収蔵品を市場で売り、運営費に当てる不景気対策です。当事者の学芸員たちは反論し損ね、国民が懲罰的に国に賛同する懸念があります。政府の都合に対しキュレーターの都合をぶつけた対立を、芸術文化育成の都合でまとめて倒す出版原稿を考えています。
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